皆さんは北海道にも『山笠』が存在していることを御存じでしょうか。しかも博多祇園山笠の文化を継承し、博多祇園山笠振興会より正式に『兄弟山笠』として認められている唯一公認の”北の山笠”です。
その名前は「芦別健夏山笠」。北海道の中央部に位置する芦別市で、毎年7月第3土曜日・日曜日に行われている「芦別健夏まつり」において、土曜日の夕方より盛大に行われているプログラムです。九州北部に見られる博多の風俗やしきたりを模範とした文化の伝播現象を『ハカタウツシ』と呼ばれていますが、芦別健夏山笠は現在確認できる最北のハカタウツシの文化となります。
毎年7月第3土曜日に行われているという事から、どうしても博多祇園山笠の追い山笠と近くなることが多く、なかなか見に行ける機会がなかったのですが、今年の追い山笠は7月15日は火曜日、そして芦別健夏山笠は7月19日土曜日と少し離れたこともあったので、『山笠』とあれば首を突っ込む山笠ナビは念願かなって北海道芦別市へ向かう事になりました。
7月18日金曜日、現地に前日入りするために編集部は、午前10時45分のピーチ航空に搭乗。まずは北海道は新千歳空港に飛びます。この日は全国的にぐずついた天気で、福岡は小雨が降ったりやんだりするすっきりしない天気でした。
飛行機の窓から見える眼下の景色は雲ばかり。北海道の芦別地方の天気予報では、雨と曇りばかり。2024年の大雨だった追い山笠を思い出します。雨で機材トラブルが起き、山笠ナビも雨で一眼レフカメラが動かなくなり、急遽スマートフォンでしのがざるを得なくなった事を思い出し、「雲だねぇ・・・」とぼやきが何度も口に出ます。
フライトは2時間半。空港に着陸するため高度を下げる飛行機。眼下に広がるのは広大な緑の大地。「緑一色ですね・・・!」と初めて北海道の大地に踏み入れる山笠ナビサポートスタッフが見たことがない光景を素直につぶやきます。
新千歳空港に到着。この日の北海道の空は、福岡と変わらずどんよりしていました。
ここからレンタカーで芦別市に向かいます。
今回は宿泊地の関係上、芦別市の隣の隣の市である滝川市を経由して芦別市へ。北海道縦貫自動車道と道央自動車道を走りに走って2時間10分、走行距離は133キロを走破する事になります。滝川市に寄らずにそのまま直接芦別駅に向かう場合は、運転時間1時間53分、走行距離124キロとなります。気を付けないといけないのは、最初から道央自動車道を使った場合になると、走行距離120キロ、所要時間2時間7分かかってしまい、お金をかけた割には時間が短縮できないので、北海道縦貫自動車道と道央自動車道を使っていく方がおすすめです。
道路の左右に広がるのは広大な農地。麦畑や野菜畑が延々と広がっています。しかも信号がほとんどない直線の道が多いのが北海道の道の特徴です。
北海道縦貫自動車道を走ったのち、岩見沢インターから滝川インターまで道央自動車道を使います。
滝川インターを降りてから赤平バイパスを使って下道で芦別市へ。看板に「芦別」の文字が見え始めます。
北海道の道を走っていてよく見るのが、脇の下矢印の標識。これは豪雪地帯でよく見られる標識で、この矢印の下に歩道があることを知らせる標識です。豪雪時、道路上のラインが見えなくなってしまうため、これを目印にしないと車輪が歩道に乗り上げてしまい動けなくなってしまう危険性もあるため、歩道の縁石や歩道のラインをこの矢印で示しています。場所によっては道路のセンターラインを示す矢印も付けてある道路もあります。
滝川市から芦別市までは約40分。滝川市から先に入ると、周囲は水田の風景に。山に囲まれたこの辺りの土地は盆地で、麦作よりも稲作が盛んとの事。ゲコゲコと辺り一面響くカエルの鳴き声は、北海道のイメージとはまた違った光景です。
いよいよ芦別市に入ります。
芦別市は通称「星の降る里」。1987年8月に行われた「全国星空の街・あおぞらの街コンテスト」で、環境庁(※当時)から「星空の街」に認定されたことにより このキャッチフレーズが付けられました。(残念ながら滞在期間は全て雨と曇りになってしまい、その星空を体験できませんでしたが・・・)
「星の降る里」らしく町のあちらこちらに星空をあしらったマンホールのふたや街灯などがあるのが特徴です。
芦別市の中心部に到着。中心部にはJR芦別駅が通っています。2017年まで駅前歓迎塔(五重の塔)がありましたが、駅前再開発により2018年に撤去、2019年に駅前広場再整備が完了したとの事。
町のあちらこちらに芦別健夏まつりの開催を知らせる看板が多数立てられており、『芦別健夏山笠』が大きく取り扱われています。駅前のお店のショーウインドウには博多の山笠と芦別の山笠の手拭いが展示されており、山笠ムードを盛り上げていました。
芦別の名物と言えば「ガタタン」という料理。この名前だけを聞いてどんな料理か想像がつかないと思いますが、芦別のソウルフードともいえるスープです。
元は、その昔満州から戻ってきた人が満州で食べたスープが源流だそうで、寒いうえ貧しくて食べるものがないので、様々な山菜などを細かく刻み、米がなかったので小麦粉を練って小さくちぎって入れて、とろみをつけて作った塩味のスープで空腹を満たし、暖をとったと言われてるそうです。「ガタタン」とは中華料理で小麦粉を水で練って小さな塊にした「ガーダ」のスープという事で「ガータ・タン」から名付けられたとの事で、漢字ではたくさん具を含むためか「含多湯」と書かれいることもあります。
元々の味は塩味のスープで、その昔はガタタンと米を食べるのがデフォルトだったそうです。聞けばこれが本当のガタタン!という物はないとのこと。入れる具材もきまりはなく冷蔵庫にある残り物を使って簡単に作る事から、家庭によって味が異なるそうで、中華味や醤油味のガタタンがあったり、最近ではラーメンやチャーハン、焼きそばに掛けたりと五目あんかけ料理のような食べ方のアレンジも多数存在しています。(なお、地元の人曰く、最初にガタタンを出した中華料理店「幸楽」で働いていた人が、その味を引き継いでガタタンを出しているのが「金太郎」というお店だそうで。写真はそのお店のガタタンです。)
駅前の大通りには、すでに博多の人には見慣れた「廻り止」の赤地に白抜きの幕が掛かっており、思わずテンションが上がります。
駅前の大通りの先には、飾り山笠が見えます。さらにテンションが上がります!
標題は「福徳円満誉」で、故・亀田均人形師が2013年に製作した飾り山です。飾りは表しかなく見送りはありません。芦別の山笠では飾り山を建てる事は念願だったようで、初めて飾り山を建設したのは1993年。初代振興会会長の故・青井氏は飾り山笠の前に置かれたベンチに腰をかけ「芦別健夏山笠もついにここまできたか」と、夜遅くまでしみじみと語り合ったといいます。
追い山の前日となり、各流では明日の追い山に向けての最後の準備が行われていました。今年一番山笠を務める緑幸(りょっこう)流は、であえーる緑幸団地集会所にて準備を行っていました。
集会所の外ではたくさんバケツを並べ、勢い水を溜めていきます。博多と違ってバケツを配置した後に散水車などで注水する事が難しいため、水道がない場所には水を溜めたバケツをそのまま運ぶそうです。
水を溜めていたのは、博多から芦別の山笠のためにやってきた大黒流の松井氏。松井氏はこれまで4回の芦別の山笠に参加しており、今年で5回目。参加するきっかけは大黒流の別の町内の先輩達が緑幸流の方とつながりがあり、その縁から「出てみる?」と言われて芦別の山笠に参加するようになったとの事。「芦別の人達が一丸となって一緒に山笠を作ろう!という気持ちが熱いですね。」と芦別の山笠の魅力を語ってくれた松井さん。その情熱をお手伝いしたいという事で今年も参加されたとのことです。「若手の時以来です、水を溜める仕事って。懐かしいなあ、あの時なかなか水たまらなかったなぁって記憶がよみがえり、とても新鮮な気持ちです」と笑う松井さん。芦別の人からは「遠く博多からやってきたえらい人に、若手のような仕事させて申し訳ないですね」と言われて、皆で笑いました。
集会所には、木曜日の追い山ならしで使った鉄砲やねじねじ(タスキ)などが干されており、厨房では直会の道具が用意されていました。実は例年ならこの集会所が詰所になるのですが、この集会所が7月20日に行われる予定の参議院選挙の投票所に使われることになったため、明日の詰所は芦別市役所前の芦別市総合福祉センターに。明日午前中に臨時詰所に運搬することになります。
集会所内では、流の人達が、明日応援で参加してくれる人たちのための山笠衣装を準備していました。
芦別の山笠は、各流によって差はありますが流の参加者は10名から20名程度しかおりません。そのため参加者の構成は、応援組が多くなります。緑幸流の場合、その応援の人達は学生であったりボランティアであったり・・・と様々な人たちであるため、毎年参加できる人が限られており、山笠衣装を持つことが難しいこともあり、流が衣装を準備しています。
こちらは手拭の準備。一枚一枚畳んでいきます
用意されているビニール袋には、参加する人の名前と足のサイズが印刷されたシールが貼られています。参加者に合わせて衣装が準備していきます。
水法被をより分けているのが、緑幸流に所属する今年芦別健夏山笠振興会の会長に就任した田中広吉氏。人数が少ない分、会長自らも応援組の衣装の準備をします。会長は、水法被の山を「緑幸」の法被と「中央」の法被が。「毎年参加してくれる北日本自動車大学校の学生は、昔あった中央流(※2015年に緑幸流に合流)が世話をしていたんで、その子たちには中央流の水法被を着てもらってるんです」との事。
今年は芦別市で行われていた道内の高校ラグビー部の合同合宿が再開。コロナ禍以降中止となっていたため、5年ぶりの合宿開催となります。その合宿に参加するラグビー部員も各流に応援参加するという事で、その分の衣装も準備します。
他には、はるばる東京からの参加する人も。「20日の参議院選の日、開票作業を担当するって事なんだけど、19日に芦別に来て追い山に出て一泊して、20日に帰ってから開票作業するらしいです。間に合うのかな。」「あ、開票は夜8時からだから夕方までに戻れば大丈夫って本人言ってましたよ」と、かなり気合の入った方も参加するようです。
流の男達は、参加してくれる人数分の衣装をまとめて、明日の搬出に供えていました。
準備でお忙しい中、田中広吉会長にインタビューをさせていただきました。
小学校にて山笠の授業が行われました。
— 📷広報部長@緑幸流 (@KouhouRyokkou) July 16, 2025
副会長・事務局長・普及の3人が”先生”となり、芦別健夏山笠の歴史や現状などについて授業をしました。
最後には児童と手一本の練習を行いました。 pic.twitter.com/tZUvQm3UtQ
三番山笠・北大黒流は、午後5時過ぎから舁き山笠を駅前に移動させる準備を始めました。芦別山笠は前日に駅前に全ての舁き山笠を並べる事にしています。
駅前までの移動のため、山笠の足に車輪を付けて約1.5キロ移動させます。博多では舁いて運ぶところですが、山笠を運ぶ人数が少ないこともありますので、芦別では車輪を履かせて移動させています。
1.5キロを押して運んだ山笠は駅前へ。坂になった歩道に少ない人数でありながら力を込めて押し上げて芦別駅前の広場に据えました。
芦別駅前に一番山笠から三番山笠まで勢ぞろい。いよいよ明日この舁き山笠が動きます。
緑幸流は、田中会長の自宅で博多から参加した松井氏の歓迎会を行いました。「松井さん、お帰りなさい!」「ただいま戻りました!」そんな乾杯の音頭で歓迎会がスタートです。芦別と博多の親交を深めるとともに、明日の追い山に向けて皆で気勢を上げました。
7月19日土曜日、芦別地方は雨の朝を迎えました。山には雲がかかり、断続的に弱い雨と強い雨が交互に降る、取材泣かせの天気のスタートです。
北海道の道を走っているとよく見かけるのが、開墾記念の碑と治水記念の碑です。北海道は開拓の土地であり、芦別は富山の人や四国の人などが入植して開拓された土地という事で、先人の偉功を讃えた碑が各地各地で立っています。
芦別市内に行く前に、山笠ナビはまず芦別を見守る巨大な御神木である黄金水松(こがねみずまつ)を訪れることにしました。
黄金水松公園は小高い丘の上にあります。壁のような坂道を昇っていくと、目指す公園に到着します。
黄金水松はイチイと呼ばれる巨樹で、推定樹齢1,700年、樹高21m、幹周6.2mもある巨木です。古くから上川地方のアイヌたちが通行する際の目印にしたり猟の無事や無病息災を祈る御神木で、芦別の山笠では「祖霊の樹木として健夏山笠を奉納し、無病息災を祈願する物」と位置づけており、芦別健夏山笠振興会の紋にもあしらわれています。
次に訪れたのは、芦別市内にある蘆別神社です。天照大御神を祀った御鎮座130年を迎える芦別市に古くからある神社です。
鳥居をくぐると、先ほど黄金水松の見てきた黄金水松と同じイチイの古木を祀っています。ここでもイチイを崇敬する精神が現れています。
芦別健夏山笠では、追い山の一週間前となる日曜日に行われる『若松取り』(博多での「お汐井取り」に当たる行事。芦別は山の中なのでイチイの枝葉が使われている)が行われ、追い山笠を行う一時間半前にも参加者全員で安全祈願の参拝を行います。
拝殿の横には、大きな「礼拝殿」があり扉が開いていましたので中を覗いてみますと・・・
秋の祭りに使う神輿の準備が行なわれており、神輿の担ぎ棒と神輿を固定する”棒締め”が行われていました。
神輿の準備をはお一人でやってるようで、「これ(祭り関係)が本業じゃないんですけどね」との事。近隣の祭りで神輿の準備などを頼まれることが多く、早めに作業をしているそうです。縄を水で濡らし伸ばして、大きな木槌をてこの原理で使って一人で汗だくになりながら器用に担ぎ棒と神輿の棒を締め上げていきます。
神社の方に話を聞くと、北海道に開拓に入った人たちは出身地域ごとにまとまって土地を切り開き、自分たちの出身地域の神社を建て祀ることが多いそうです。蘆別神社で北海道の開拓の歴史を感じる事ができました。
雨が降ってることもあり、芦別市内の午前中の気温は26.3度。空気は湿っぽく感じますが、博多のようにまとわりつくような蒸す感じはしません。
駅前の大通りは午前中から車両通行止めが行われており、飾り山側の道には「激走開催中!!」の力強い文字が。
通行止めになった大通りでは祭のイベント準備が始まっており、横が開くタイプのトラックを使ったステージが作られていました。振興会詰所と栄流の直会会場もゆっくりと準備が始まります。
祭りの醍醐味である露店も露店会場で準備を開始していました。
山笠の男達が、振興会詰所から清道旗を運び出し、清道旗を立てる準備に入ります。
支柱の台に取り付けたポールに旗を取り付け、ガムテープで留め、そのガムテープの上から縄で堅く締め上げて固定します。
支柱の台に玉垣”風”の袋を積み上げると芦別健夏山笠の清道旗が、今年も本舞台前に姿を現しました。
沿道では各流が勢い水が入ったバケツを配置して水を溜めていきます。前日から運んだ勢い水にはゴミが入らないようサランラップが掛けられています。博多は各流毎に使用する勢い水のバケツを用意しますが、芦別の山笠は三流共同で勢い水を使うため、追い山コースを3分割し、それぞれのエリアを各流が担当して勢い水を配置しているとのことです。
清道旗と廻り止めの幕が一緒に見ることが出来る光景は、ここ芦別だけです。
栄流の直会会場の裏手には、調理器具が用意されたごりょんさんの詰所がありました。ここで栄流の直会料理が作られます。
緑幸流は、昨日作業したであえーる緑幸団地集会所から、準備した応援組の衣装の袋や道具を車に積み込み、今年の詰所となる芦別市役所前の芦別市総合福祉センターに向けて出発しました。
北大黒流の詰所となる本町地区生活館では、参加者のために用意した舁き縄やねじねじなどが手すりに掛けられ準備が行われていました。
玄関を覗いてみると謎の”置物”が。これは何ですか?と聞いたら、初めて山笠を見る人が多いため、説明に使う山笠の模型だそうで、工務店さんが作ってくれたとの事。各パートの名前とそのパートに適した身長の札が付けられており、「これがあると、結構すんなり理解してもらえるんですよ」。初めて山笠に参加する人が多い芦別ならではの工夫と知恵が垣間見えます。
午後12時45分、『芦別健夏まつり』がスタート。まずオープニングアクトとして、地元のフラダンスグループのステージが始まりました。
雨が降ったりやんだりが繰り返される生憎の天気でステージに集まった人は少なめでしたが、テントの下の観客からは温かい拍手がフラダンスグループの方々に送られました。
露店も営業を開始。こちらも生憎の悪天候でスロースタート。それでも祭り気分を味わえる一日とだけあってかき氷を頬張る子供や、両手にかき氷を抱えて帰る年配の方などがいらっしゃいました。
午後1時半からは地元・芦別出身の大道芸人Peformer RUIさんのステージが始まります。「天気が悪くなりそうだから早く始めたいけど、午後1時半から始まるってチラシに書いてるので、この時間に見に来ようと思った人がいたらガッカリするから時間を守ってやらせてもらいますね」とMCをしながら開始時間まで客席を温めていきます。
・・・が無情にも、強い雨が降り始めてしまいました。傘を差してMCをしながら時間を待つRuiさん。「テントの下でやれたらいいんだけど、空中に高く飛ばすパフォーマンスをやるからさーテント無理なんだよねー」と雨というバッドコンディションでも気丈に観客に話しかけます。
強い雨は止む気配はありません。
「じゃ、時間が来たので始めますね。大雨でも過去最高のパフォーマンスをしますんで、皆さん、ぜひ楽しんでください!」
本部席の人達も、心配そうにRuiさんを見つめます。
傘を閉じ、大雨の中ずぶぬれになりながら一つ一つのパフォーマンスを華麗に決めていくRuiさん。最後に濡れて不安定な足場の中、難易度MAXの曲芸を成功させ「やはり地元芦別は最高です!」とMCを締めくくり、大きな拍手が上がりました。
午後2時半からステージで開会セレモニーが開かれ、市長や県議の挨拶が行われました。
北海道で聞くおっしょいの掛け声
— 山笠ナビ編集部 (@yamakasa_navi) July 19, 2025
#yamakasa #山笠 #芦別健夏山笠 #芦別山笠 #北の山笠 pic.twitter.com/xqvbzzyZsu
ステージでプログラムが進む中、芦別健夏山笠もいよいよ動き出します。芦別市役所職員、消防署職員中心に構成されている「市(いち)流」の人達が、各流の詰所に向かってオッショイオッショイと声を上げて走っていきます。市流はもっとも実働参加者が多いため、追い山の日は数班に分かれ、それぞれ各流に入って応援という形で追い山に参加しています。(なお、追い山ならしでは市流として単独参加し、三流合同の流と山舁きを競います)。北の大地で聞くオッショイは不思議な感じもするし、一週間前の熱い時をも思い出し、ついついテンションが上がります。
開会セレモニーが終ると、本部ステージ上では振興会役員が追い山の準備を開始します。芦別の山笠も全コースタイムを発表するので、タイム発表用の紙を貼ったり、イスを並べていきます。
栄流の直会会場の裏に作られたごりょんさんたちのテントでも、直会の準備が始まりました。
大鍋で煮込まれる豚汁。ふたを開けるとじゃがいもや玉ねぎのいい香りが上がります。
長年の経験で投入される大量の田舎みそ。ごりょんさんって山笠にとってどんな役割ですか?と聞いたところ、即答で「そりゃあ、縁の下の力持ちですよ。ふふふふ。」と答えが返ってきました。
直会を作っている後ろでは、まずは腹ごしらえと焼き肉を焼いて食事を取るごりょんさん達が。皆が集まり楽しむ場というものを、ごりょんさんたちも楽しんでいるようでした。
栄流の直会会場の前には、源義経の人形が運ばれて飾られていました。
栄流は舁き山笠人形を2つ持っているそうで、元々弁慶の人形を使っていましたが、人形を新調するという話になった際、「弁慶といったら義経だろう」という事で新たに源義経の人形を作ってもらったそうです。ただ、弁慶の人形もよくできているので、1年毎に山笠台に上げる人形を変えており、今年の飾りは弁慶の年だそうです。
「子供たちの記念写真に使ってもらえたらなと思って」直会会場の前に飾った栄流の参加者。さっそく親子が記念撮影に来ました。
流の参加者も「ほら、これ持ってポーズしてみ」と子供に鉄砲を手渡して、記念撮影を促します。
子供も人形を見上げて「かっこいー!」を連発して、御満足の様子。
各詰所で着替えを終えた子供たちも水法被姿で直会会場にやってきました。栄流の詰所は広い所がないそうで、分散した詰所で着替えを行った後、直会会場に集まる形をとっているとのことです。
着替えを終えた子供たちも、義経の人形の前で記念撮影!
午後3時を過ぎたら、各流では一般参加者が集まり着替えを行う時間帯にはいりました。しかし小雨を保っていた曇り空から、再び強く雨が降り出します。
雨を避けるかのように、各詰所で着替えを済ませた栄流の参加者が足早に直会会場へ向かいます。
こちらは一番山笠・緑幸流の詰所がある芦別市総合福祉センター。
詰所の目の前には芦別市役所があります。市役所前には「星の降る里」をイメージしたかのような宇宙的なモニュメントも立っています。
福祉センターの2階が直会会場で、3階が着替え会場となっています。今回100人程度の応援の方が参加するとのことですが、締め込みを締める事が出来るのは10人程度だそうで、その10人の方が100人分の締め込みを行う事に。一人10人の締め込みを担当する事から、「山舁きの前の重労働です」と苦笑する人もいました。
高校ラグビー合宿からの応援参加者である札幌山の手高等学校の生徒も詰所に到着します。
緑幸流では、参加者が少なく存続が危ぶまれている祭りとお互い協力する体制を敷いており、今年も道南は函館の下に位置する木古内町から、はるばる5時間をかけてやってきた「木古内町佐女川寒中みそぎ保存会」の方々も参加。凛々しい水法被姿になりました。逆に、来年1月には緑幸流の方々が寒中みそぎを応援しに木古内町を訪問します。このように祭同士で人員をお互い送ってお互いの祭りを盛り上げ理解を深めていき、各地で認知度を高めようとする形は、これからの各地の祭りを存続させるヒントがあるように感じます。
直会会場には、参加している団体ごとに座る場所が分けられています。これも緑幸流の男たちのお仕事です。
子供たちの座席はもちろん、道外からの参加者の座席も。博多から参加している大黒流の松井氏もこちらの座席で待機しています。
ごりょんさんたちは、追い山前にお腹に入れておくおにぎりを参加者に配って回ります。
松井氏は本場・博多での経験者の立場から、子供たちの保護者や参加者からの質問に答える様子も。
全員着替えが終わり、直会会場に集まると、ミーティングが始まります。最初に野原総代が挨拶を行います。
そして台上がりに鉄砲を、役職を持つ人にねじねじが手渡されます。(なお芦別の山笠は道中での台上がりの交代はありません)
ミーティングでは、櫛田入りのコースと段取りがホワイトボードを使って説明され、参加者は全員真剣な表情で聞き入っていました。
ミーティングが終ると、いよいよ蘆別神社への参拝の準備に入ります。詰所を出ると、出入り口には御神酒と昆布・するめの振る舞いが用意されており、成年の男達は神事前に口に御神酒と昆布するめを放り込みます。
子供達には御神酒の代わりに甘酒が用意され、振舞われます。
・・・どうも口に合わなかったようです。
神社へ出発するまでの時間を活用し、水当番となる学生たちはバケツを持って対岸の市役所側に移動し、勢い水を掛けるレクチャーを受けます。水を掛けるという事も初めてなので、このように流の男達が一つ一つ丁寧に教えていきます。
市役所側の噴水の水を使って、勢い水を放り投げる練習を何度も行います。
女性マネージャーらも沿道からの水当番に参加。「舁き手が来たら足元に掛けて!」と流の男が被験者となり、勢い水の実践練習。顔に水が強烈に当たらないようにバケツをかぶってやっている姿がとてもユーモラスです。
いよいよ、神社参拝への出発時間です。まずは単に走るだけですが、参加者にはえもいえぬ緊張感が溢れます。
「行くぞー! ヤーッ!」と先頭の男性から掛け声がかかり、オッショイ、オッショイの掛け声が日がゆっくり沈みゆく芦別の空に響き渡ります。
三番山笠・北大黒流も詰所前に並び、蘆別神社に向けて出発する時間を待っていました。
「ナビさん、本当に芦別に来てたんですね」と声を掛けてくれたのは、土居流と八番山笠に参加している博多の方。博多から来ている方は、実は各流に結構いるようです。
「定刻になりましたので出発します!」と、北大黒流もオッショイの掛け声を響かせて出発しました。
芦別神社への参拝が始まりました!
— 山笠ナビ編集部 (@yamakasa_navi) July 19, 2025
いよいよ芦別健夏山笠、始まりです!
#yamakasa #山笠 #芦別健夏山笠 #芦別山笠 #北の山笠 pic.twitter.com/lii0htpAHY
蘆別神社への参拝は一番山笠から順番に参拝していきます。神社に近い三番山笠の北大黒流が待っていると、遠方からオッショイの掛け声が聞こえてきます。
左手から緑幸流、右手から栄流がほぼ同時にオッショイの掛け声ともに歩道を走ってきました。
まずは一番山笠・緑幸流が蘆別神社参拝を行います。
次に二番山笠・栄流が参拝のため境内に入ります。
皆で、二礼二拍一礼を行い、追い山の安全を祈願しました。
最後に三番山笠・北大黒流が境内に入ります。
参拝を終えた参加者は、本部ステージ前を通って、駅前に並べた舁き山笠の山留まで走って移動します。
本部ステージでは、振興会役員の他、芦別市出身の元・プロ野球選手(広島→ロッテ→阪神)で現在芦別市の観光大使を務める高橋慶彦氏らが参加者を迎えます。
駅前に集まった全参加者は、それぞれの流の舁き山笠に肩を入れました。いよいよ芦別の舁き山笠が男たちの手によって動きます。まずはスタート定点の山留に移動します。
「せーのっ!」「ヤーッ!」男達から気合の声が上がり、ゆっくりと歩道を越えて降りると、そこからオイサ!の掛け声と共にスタート地点に向かって走りはじめました。
頃合いを見計らって次々と舁き山笠が動き出します。
学生ラグビー部で見学となっている部員とマネージャーが後ろをついて行きながら、「オイサ」「オイサ」と腕を振り上げながら参加者を鼓舞していいました。
スタート地点に各舁き山笠が入りました。追い山の舁き出しまで、あと約40分・・・!
(今回の記事はここまで。『芦別健夏山笠』レポート後編は、7月25日(金)に公開予定です。)