博多祇園山笠のクライマックス「追い山笠」は午前4時59分、一番山笠の櫛田入り奉納を皮切りに、合計8つの山笠が次々に櫛田入りを行い、まだ薄暗い博多の街へと駆けだしていきます。
七流の舁き山笠と走る飾り山笠「上川端通」が一同に並ぶ冷泉公園から櫛田神社にかけての「土居通り」は、櫛田入り前の緊張感が伝わるもっともオススメの見物スポットです。7月15日午前1時から各山小屋を出発した舁き山笠は、次々と土居通りに到着。一番山笠から順番に列を作って並びます。櫛田入りを控えた舁き手たちの表情はリラックスした様子でありながら、緊張感あふれる真剣な表情。見ている方にまでピリピリとその気迫が伝わってきます。
櫛田神社前の「土居通り」は見所の多い大本命のスポットですが、「櫛田入り」を見届けたい人たちの場所取りで、7月12日の『追い山笠馴らし』以上の尋常でない混雑となります。
特に、櫛田入りの迫力ある雰囲気を肌で味わいたい人が詰めかける山留前や清道前になると、人垣は四重五重にもなり、一度人垣の中に並んでしまうと身動きが取れなくなります。早朝なので太陽のダメージは心配ありませんが、脱水症状対策のため飲み物は前もって用意しておきましょう。
「櫛田入り」を「清道」の中で見物したいのはやまやまでしょうが、6月26日に櫛田神社で販売された『桟敷券』を手に入れてなければ入場する事は出来ません。昔ながら入手方法から、追い山笠の桟敷席券は”プラチナチケット”とも呼ばれているぐらいです。来年こそは桟敷席券を入手し、櫛田入りを堪能しましょう!
追い山笠は悪病退散を願う櫛田神社の祇園大祭の一つの行事であるため、櫛田神社を山笠参加者が参拝しますが、一般の方も境内に参拝の列を作ります。ここ近年では人が集まりすぎる事による危険回避のため、櫛田神社の楼門を閉めたり、神社周辺で歩道の通行規制などが行われるようになりました。参拝を行いたい方は早めに済ませる事をお勧めします。
追い山笠は、とにかくどのスポットも追い山笠馴らし以上の人、人、人となります。移動して見物するのは控えて、事前に見物スポットを決めておいて、早めにそのスポットを確保して待つことをお勧めします。
もし運良く桟敷席券を手に入れることができたら、迫力たっぷりの「櫛田入り」を生で見物することができます。座席は早い者勝ちなので、14日のお昼頃から桟敷席への入場を待っている人もいます。
午前2時に桟敷席への入場が始まると、桟敷席はすぐに満員に。場内アナウンスでは博多祇園山笠の歴史の紹介や、拝殿で行われている祇園例大祭の模様が中継され、場内の熱気が高まっていきます。
場内アナウンスが現時刻を伝えるたびに、清道内は得もいえぬ緊張にに包まれていきます。
午前4時58分。一番山笠舁き出しまで残り1分のアナウンスが流れると、超満員の場内は水を打ったようにスッと静かになります。
「5秒前!」場内アナウンスが告げると、数拍おいて『ドン!』と大太鼓が鳴らされます。午前4時59分、山留から男たちの気合の咆哮の声があがり、追い山笠行事が開始。ドン!ドン!と激しく連打される太鼓の音にとオイサ!の掛け声と共に、見物客の拍手の中、一番山笠が清道内に駆け込んできます。
清道旗を一周したところで山をドンと据え、手拭を外した舁き手達は一番山笠だけが歌うことができる誉の「博多祝いめでた」を唱和。この時、桟敷席の見物客も共に唱和、櫛田神社周辺が一体化する感覚を味わえます。
「祝いめでた」を唱和し終わった一番山笠は、素早く手拭を頭に巻くと、舁き山笠を一気に持ち上げ博多の町へ飛び出していきます。
一番山笠以降は5分おきに櫛田入りを披露。櫛田入り後に発表される櫛田入りタイムに見物客は歓声を上げます。
七番山笠が櫛田入りを終えると、いよいよ八番山笠「上川端通」の登場です。高さ10メートル以上、重さ2トンもある巨大な「飾り山笠」が、その豪華絢爛な飾りを揺らしながら清道の中に入ってきます。桟敷席からはどよめきと驚嘆と歓声の声がどっと上がります。飾りの人形から迫力あるスモークを噴き出しながら、人間の力のみで走る「走る飾り山笠」の勇壮で見事な櫛田入りで、清道の「櫛田入り」の神事は終わりを迎えます。
午前4時59分時点ではまだ暗かった博多の町も、舁き山笠が通過するたびに空が明るくなっていきます。早朝の博多の町に「オイサッ!」の声と、声援を送る見物客の声が響き渡ります。
最後の山舁きとだけあって参加者は全身全霊で気合の入った山舁きを行います。参加人数も多く駆けてゆくスピードも速いので、山笠や参加者との接触は大変危険です。必ず安全な場所で見物するようにしましょう。
道幅の狭い旧西町筋から昭和通りを超えて奈良屋町のエリアに入り数度角を曲がると、いよいよゴールである須崎町の「廻り止め」が近付いてきます。
ここでの見所はなんと言っても舁き手たちの最後の力を振り絞った「ラストスパート」でしょう。最後の角を曲がって廻り止めが見えると、最後の力を振り絞って男たちが後押しにつき、舁き山笠にラストスパートがかかります。「オイサッ!」の掛け声はひときわ大きくなり、参加者全員で気持ちで舁き山笠を廻り止めまで舁き入れます。
廻り止めの幕の下を潜った瞬間、舁き手達はどっと感極まった歓声を上げ拍手が巻き起こります。全てを出し切った舁き手たちの笑顔とその姿は、見る人の感動を呼びます。
舁き山笠が廻り止めを通過した後、廻り止めの横で営業している老舗の和菓子屋、石村萬盛堂さんの2階から全コースタイムが発表されると、観客から歓声と拍手が上がり、舁き手達の労をねぎらいます。
しかし、多くの方が勘違いしがちなのですが、追い山笠は”タイムレース”ではありません。タイムの優劣や順位で賞金や賞品は一切出ません。タイムは単なる「誉」であり、男達が目指したものは「無事奉納」です。男達は休む間もなく、再び舁き山笠に肩を入れて山小屋に戻っていきます。
一方、全ての山笠の櫛田入りを終えた櫛田神社では、すぐに能舞台で奉納能、通称『鎮めの能』が始まります。櫛田入りという荒々しい奉納で荒ぶった神を鎮めるため、すぐに能を奉納してご神霊を慰さめるためで、この能を奉納して博多祇園山笠は『無事奉納を執り行った』ということになります。
博多祇園山笠=櫛田入りのイメージが強いためか、能楽奉納が行われていることを知っている人は意外と少なかったのですが、追い山笠の上気した空気がこの奉納能楽でスッと”静”に返るのも山笠の味わいの一つと認知されて、ここ近年はこの能を楽しみに山笠を見に来る人が多くなっています。
無事に山小屋に帰ってきた舁き山笠は、総務による挨拶の後、祝いめでたと手一本が入れられると、すぐに飾りが外されます(※流れによって順番が異なります)。これは博多中を駆け巡った山笠に吸い寄せられた災厄を外に出さないために行うものです。
この様子は山小屋前で見物できるので、全てを出し切った男たちの歓声を聞きながら共に感動の一時を味わえます。追い山笠終了の安堵感に包まれて安心していると、この光景を見逃してしまいますので注意してください。
西流は、七流れで唯一、舁き手達が舁き山笠に登って競って人形を壊し、飾りを取り合うという古来から伝わる「山崩し」の行事を行っています。人形や飾りを持ち帰ると一年間無病息災であるとも言われているため、その取り合いは迫力があります。この光景をみるために、西流の山小屋付近には多くの見物客が集まります。
その後、流によっては来年の当番町に山笠台を運び入れ、当番の役目と山笠台の引き継ぎを行い、この瞬間から翌年の山笠が始まります。
このように、舁き山笠は山小屋に帰ってから一時間足らずで姿を消してしまいます。
山笠期間中、人々を楽しませた飾り山笠も、櫛田神社に奉納された山笠を残して、午前5時にはすべて解かれてしまっており、7月15日の午前中には博多から山笠の風景がほぼ消え去ります。名残り惜しむことなく取り崩すこの潔さこそ、さっぱりとした博多っ子の気質をよく表していると言われています。
こうして7月15日の博多の町は、舁き山笠と数千人の男達が街を駆け抜けていたことがまるで幻だったかのように、いつもの博多の風景に戻ります。
博多では『追い山笠が終わると梅雨が明ける』と言われています。博多っ子を熱狂の渦に巻き込んだ熱い祭りこそが、本格的な夏の到来を告げるのです。