戦後に誕生した比較的新しい「流」ですが、舁き手の数も多く、統率のとれた動きで毎年存在感を発揮しています(昭和25年(1950年)に大津流が千代流と改めて参加)。
舁き山笠ばかりでなく、飾り山笠、子供山笠も持つ流で、流の区域は千代校区と重なっており、各町の子供会も情操教育の一環として積極的に山笠を支援しています。独自に子供山笠を持っているのは、この影響を多大に受けています。
水法被の背は全員白地に「千代」の二文字で統一されており、どの町の所属かを明確にするために校区を記した肩章を付けます。当番法被(長法被)も「千代」の文字をデザイン化したものを着用しています。
飾り山笠は、毎年再開発ビル「パピヨン24」前に建てられていましたが、2022年より休止となりました。
蒼天のもと 轟音一発 残心のかまえ
-黒田藩御留流陽流抱え大筒-
戦国時代天文年間、鉄砲が伝来して戦術が一変した。その中でも大筒と呼ばれる大口径の鉄砲は、大坂の陣では大坂城を直接砲撃するなど勝敗を左右した。
一〇〇匁(370g)の弾を放つ重量一〇貫目(37kg)の大筒・別名国くづしは城門攻めなどに使用された。本来、台に乗せてはなたなければ支えられない大筒をさらしで巻き、腕に固定し撃ちはなつ。江戸の初めには重さ3kgの弾を120kgの大筒で抱えて放った記録もあるという。
黒田藩の若武者が、青空の下、大筒を撃ちはなった砲声がとどろき渡る。その後の残心をとる姿。古来武術では残心が最も大事と云われ、技をかけ、その後最後まで気を抜かず集中して次に備え、それにあたる。
その美しく雄々しい姿を奉納いたします。
[人形師:川﨑修一]
福岡市営地下鉄「千代県庁口」より徒歩1分
西鉄バス「千代町」下車より徒歩1分
福岡市営地下鉄「呉服町」より徒歩1分
西鉄バス停「呉服町」より徒歩1分
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水法被の背は、全員白地に「千代」の二文字で統一しており、どの町の所属かを明確にするために校区を記した肩章を付けています。
当番法被(長法被)は「千代」の文字をデザイン化したものを着用しています。