戦後に誕生した比較的新しい「流」ですが、舁き手の数も多く、統率のとれた動きで毎年存在感を発揮しています(昭和25年(1950年)に大津流が千代流と改めて参加)。
舁き山笠ばかりでなく、飾り山笠、子供山笠も持つ流で、流の区域は千代校区と重なっており、各町の子供会も情操教育の一環として積極的に山笠を支援しています。独自に子供山笠を持っているのは、この影響を多大に受けています。
水法被の背は全員白地に「千代」の二文字で統一されており、どの町の所属かを明確にするために校区を記した肩章を付けます。当番法被(長法被)も「千代」の文字をデザイン化したものを着用しています。
飾り山笠は、毎年再開発ビル「パピヨン24」前に建てられていましたが、2022年より休止となりました。
日本三名槍、古来より日本号、蜻蛉切、そしてこの結城秀康の御手杵の槍。刃長四尺六寸139センチ・重さ六貫目22.5キロと云う巨大な槍で、鞘は熊の毛皮を貼った手杵の形をしたこれも巨大なものである。
家康の次男秀康は、長男信康が信長の命令で切腹させられ、本来徳川家を継ぐべき身ながら小牧長久手の役の後、秀吉の養子となり後に名門結城家を継いだ。その時結城家家宝の槍御手杵も継承した。武勇体格抜群、器量も一流であったと云われている。
本年当番町の美和住宅では、平成十九年より本多忠勝蜻蛉切ではじまり、日本号母里太兵衛、そして本年三番山で日本三名槍奉納を成就致しました。
[人形師:川﨑修一]
福岡市営地下鉄「千代県庁口」より徒歩分
西鉄バス「千鳥橋」下車より徒歩4分
福岡市営地下鉄「呉服町」より徒歩1分
西鉄バス停「呉服町」より徒歩1分
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水法被の背は、全員白地に「千代」の二文字で統一しており、どの町の所属かを明確にするために校区を記した肩章を付けています。
当番法被(長法被)は「千代」の文字をデザイン化したものを着用しています。
長法被
水法被