西日本一の歓楽街・中洲地域を地盤とし、昭和24年に興された比較的新しい流です。
中洲一丁目〜中洲五丁目の五ヵ町(新町名)で構成しており、5年に1回、当番町が回ってくる仕組みとなっています。
毎年、高さ約13メートルの本格的な「飾り山笠」を建設しており、西日本一の歓楽街という土地柄、飾り山笠は夜遅くまでライトアップされており、多くの人の目を楽しませます。
山笠台は舁き山笠・飾り山笠兼用で、舁き山笠の舁き出し時には引っ張り出して舁き山笠用の飾りを載せています。
今、世界をとりまく情勢は混沌としていますが、
こうした時こそ前向きに明るく笑い合い福岡、博多の町に
福ノ神を招きたいとおもいを込めて制作致しました。
[人形師:溝口堂央]
福岡市営地下鉄「中洲川端」より徒歩5分、「櫛田神社前」より徒歩10分
西鉄バス停「東中洲」より徒歩3分
都を追われた平氏は神戸の山と海に挟まれた一ノ谷に陣を構えていた。背後の険しい断崖絶壁からは敵は来ないと油断していたところ源義経率いる精鋭騎馬隊の急襲に驚き混乱し多くの武将を失い海へ逃走。この勝利によって源氏の優位は決定的になっていった。
[人形師:溝口堂央]
天孫瓊瓊杵尊の子として生まれた兄・海幸彦と弟・山幸彦。兄は海にて魚を釣り、弟は山にて獣を追い、それぞれの幸(さち)を分け持って暮らしていた。ある日、山幸彦は兄の釣針を借り受けるが、これを海中に失ってしまう。兄の怒りを買った山幸彦は、潮の流れに導かれるまま海神の宮を訪ね、そこで豊玉姫と出会い結ばれる。三年の時を経て、潮満珠・潮干珠の力を授かり地上へと還った山幸彦は、やがて初代神武天皇へと連なる血脈の祖となる。中洲流の町衆もまた、海と山、それぞれの恵みを分かち合いながら、ともに祭りを支え、博多の繁栄を築いてきた。失せ物を尋ねる旅が新たな縁を結び、世代を越えて受け継がれていく。そのような願いを込めた山笠を製作したいと思います。
[人形師:中村弘峰]
福岡市営地下鉄「中洲川端」より徒歩5分、「櫛田神社前」より徒歩10分
西鉄バス停「東中洲」より徒歩3分
福岡シティループバス「博多座・福岡アジア美術館前」より徒歩7分
より大きな地図で 博多祇園山笠 「流」エリアマップ【山笠ナビ】 を表示
長法被
水法被