中洲流
西日本一の歓楽街・中洲地域を地盤とし、昭和24年に興された比較的新しい流です。中洲一丁目〜中洲五丁目の五ヵ町(新町名)で構成しており、5年に1回、当番町が回ってくる仕組みとなっています。

現在の山笠の基となっている「流(ながれ)」は、豊臣秀吉による天正15年(1587年)の「太閣町割り」が起源と言われています。東は御笠川、西は博多川を境にして町割りを行い、その一区画を「流」と呼びました。この「流」が博多祇園山笠のグループ単位の発祥となり、現在も「七流(しちながれ)」と呼ばれる大黒流 ・東流・中洲流・西流・千代流・恵比須流・土居流に受け継がれています。
『飾り山笠』は、明治31年(1898年)以降に、舁くための背の低い『舁き山笠』に対し、据えて見物するための背の高い『飾り山笠』として登場した山笠です。毎年、舁き山笠を持つ七流とは別に福岡市内に13基建てられて、7月1日早朝から7月14日深夜まで一般公開されます。
- 南天神方面 -
- 百道浜方面 -
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