博多祇園山笠用語辞典

YAMAKASA DICTIONARY

山笠ナビ博多祇園山笠用語辞典おいやま

追い山(おいやま)

15日間に渡って行ってきた博多祇園山笠のクライマックスにあたる行事。正式名称は『追山笠』だが、『追い山笠』『追山』『追い山』という表記もある。一般的に目にする表記は『追い山』が多い。

7月15日の午前2時前後に一番山を先頭に、七流の舁き山が櫛田神社前の土居通りに集結。午前4時59分、一番山が山留(スタート地点)から太鼓の音と共に舁き出し、櫛田入りを行う。その後、午前5時5分から5分間隔で二番山、三番山・・・と次々と続き、払暁の博多の街を縦横無尽に疾走するという壮大で勇壮な行事である。
廻り止め(決勝ゴール)は須崎町石村萬盛堂前(町奉行所跡)。廻り止めまでの約5.5キロを約20分で走破する。

追い山では山留から櫛田神社の清道を回って清道を出るまでの「櫛田入り」のタイムと、廻り止めまでの「全コース」の走破タイムが計測される。タイムは計測されるが「優勝」などの評価は存在しない。与えられるのは「誉」のみであるが、博多の男たちはその誉のために、一年間頑張っているのである。

追い山の由来

博多祇園山笠のように競争がある祭りも珍しいと言われるが、現在のような速さを競う形態が発生したのは貞亨4年(1687年)との事とされている。
それまでの博多祇園山笠は、途中で休憩したり昼食を取ったりするようなのんびりした祭だったのだが、些細な出来事から土居流に恨みを残した石堂流が、東長寺にて休憩を取っていた土居流の山笠を追い抜いてしまう。それに対し土居流が負けじと走ったところ、その光景が面白かったようで見物の者たちから喝采を受け、それ以降博多の山笠は速さを競うようになった・・・と言われている。

この”事件”は「櫛田社鑑」に記されており、その記録によると、竪町(石堂流)の男が土居町(土居流)の女性と祝言を上げる事になったのだが、嫁の里である土居町(土居流)に初入りした際、新郎が酒宴の席で土居町の男達に桶を被せられた事から両町が大喧嘩になった・・・というのが、その「些細な出来事」の顛末である。世の中、何が引き金になり、700年以上も続く祭りになるのか分からないものである。

追い山のコース

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