本日も暑い暑い一日となった博多の町。本日7月13日(金)、博多の祭りである博多祇園山笠が、唯一福岡部に山笠を舁き入れるイベント「集団山見せ」が行われました。
午後2時を過ぎると、各山小屋から舁き山が出発。スタート地点である呉服町交差点へ向かいます。
午後3時前にはすべての舁き山が大博通り沿いに勢ぞろいします。
集団山見せは、山笠行事の中で唯一神事ではなくイベントなので、お祭りムードの高い行事です。そのため、和気あいあいと和やかに記念撮影を撮る姿が多くみられます。
スタート30分前の午後3時には、博多祇園山笠の公式サポートを行う讃合会が合図の花火を打ち鳴らします。この時点で呉服町交差点付近は、舁き手と関係者と見物客で大混雑になっています。
バスも舁き山の横をゆっくりと過ぎていきます。窓と同じ高さに見える舁き山に、唖然と舁き山を見ている乗客がたくさんいました。
土居流の見送りには、名作漫画「博多っ子純情」を描いた漫画家で現在博多町家ふるさと館館長を務める長谷川法世さんが台上がり。記念写真を撮る際、水を飲んでてみんなから笑顔で早く早くと急かされる一幕も。
博多中洲で「真夜中の子供」サイン会と映画製作発表会見ありました。脚本は「ちゅらさん」「ひよっこ」などを手がけた岡田惠和氏、またインドネシアの国民的スター、レザ・ラハディアン氏の出演も発表となりました。世界の中洲、アジアの首都福岡を盛り上げ隊。よかよか! pic.twitter.com/XTkOEymcEU
— 辻仁成 (@TsujiHitonari) 2018年7月12日
中洲流の表には、芥川賞作家で先日中洲を舞台に描かれた小説「真夜中の子供」を発表し、映画化も決定した辻仁成さんが台上がり。緊張した面持ちで台上がりし、鉄砲の振り方を教わっていました。
和やかな雰囲気はスタートの前まで続きます。
博多と天神を繋ぐ明治通りは交通規制により車が通ってない状態に。週末の明治通りと言えば車の通行量が大変多いのですが、この日のこの時間だけは車が通れません。
車が通らない道路を各地でたっぷりと勢水が巻かれます。
午後3時半、スタートを告げる花火が打ち上げられ、集団山見せがスタート。一番山から順番に5分おきにスタートして、一路天神に向かいます。
タイムも道幅も気にしないでいいこの行事。子供と一緒に走ったり、肩車して走るなど、笑顔で走りながら山舁きを楽しんでいる参加者の表情が多いのもこの集団山見せならではの光景です。
長谷川法世さんも、ニコニコと鉄砲を振り舁き手を鼓舞します。
中洲流の前走りの前に、小さくて代わりい前走りの前走りが。「オイサオイサ」と一生懸命に走る姿を見て、沿道から「かわいいー!」と拍手で迎えられました。
生まれてはじめて博多祇園山笠の台上がり、光栄なことに、やらせていただきました!この場面を来年は映画「真夜中の子供」で撮影する予定です。原作も読んでみてくださいね。博多は熱く盛り上がっています。 pic.twitter.com/LHRsO4vyMw
— 辻仁成 (@TsujiHitonari) 2018年7月13日
スタート前は緊張の面持ちだった辻仁成さんも、集団山見せが始まるととても楽しそうに鉄砲を振って山舁きを楽しんでいました。
七番山笠の中洲流が福岡市役所前に到着すると、今度は復路がスタート。沿道からは勢水がバンバン掛けられます。
集団山見せの隠れた人気イベントは櫛田神社。復路を終えた五流が、櫛田神社の清道に入り櫛田入りの練習を行います。数年前は本当に隠れた人気スポットだったのですが、ここ近年はその隠れた名イベントが話題となってるせいか、今年は桟敷席がほぼ満員状態に。この桟敷席の状況にビックリしました。
最初に清道に入ってきたのは、復路を最初に終えた一番山笠西流。今年の一番山の櫛田入りの練習として、清道旗を回った後、祝いめでたを謳い上げます。見物客もこの豪華な清道入りの練習に共に唱和し、貴重な光景が見れたことを喜びました。
そして二番目に櫛田入りを行ったのが、今年から復路後に櫛田入りの練習を行うことになった千代流。歓声の中、初の櫛田入り練習で見事に清道旗を回り山小屋に向かって再び走り始めました。この後、恵比須流、土居流、大黒流と櫛田入りを行いました。
山小屋に戻った千代流は、合同追悼祭を行いました。山笠には追悼を行う「追善山」という行事がありますが、その追善山を行うには一定の役職経験が必要なため、長く山笠に貢献してきた人を追悼したいという考えから、今年からこの一年に亡くなられた山笠を支えてくれた人たちを追悼する行事を行うことにしました。
山小屋近くに作られた祭壇に舁き山の表を向け、千代流を支えてくれた人たちの名前を読み上げた後、感謝の気持ちを伝えて手一本を入れました。
追悼を受けた人の親族は「これはあの人も喜ぶわね」と、千代流が好きだった故人に思いをはせながら、焼香をしていく千代流の男衆の姿を見ていました。