" /> 2013年 土居流 – 流の紹介・山小屋マップ

流の紹介・山小屋マップ NAGARE INFO & YAMAGOYA MAP

2013年 土居流

標題

忠誠真愛武士魂

(ちゅうせいしんあいもののふのこころ)

武士の義に生きた幕末の名君と称された「松平容保」。会津松平藩九代目の藩主。
文久2年幕末京都守護職として、京都の治安と公武合体に力を尽くし、時の孝明天皇の厚い信頼を得る。
その後倒幕派は形勢を逆転、戊辰戦争へ突入。会津落城後は妙国寺に謹慎、のち和歌山藩に移され明治五年に赦免。
後に日光東照宮宮司を務めた。文久3年(1863年)
孝明天皇からご宸翰(天皇直筆の手紙)と御製(天皇の和歌)を下賜された。
それを入れた小さな竹筒を首から提げて終生肌身離さず、そして中身を誰にも見せなかった。
朝敵の藩主として波乱にとんだ人生を閉じたが、忠誠心厚く誠実一途を貫いた人物であった。
ご宸翰は「堂上(清涼殿に昇殿が許されている公家)以下が、乱暴な意見を連ねて、不正の行いも増え、心の痛みに耐えがたい。内々の命を下したところ、速やかにわかってくれ、憂いを払い私の思っていることを貫いてくれた。
全くその方の中世に深く観閲し、右一箱を遣わすものなり」。
また、御製は「困難な世に武士の忠誠の心を喜んで詠んだ。平穏を望む心(天皇)も、勇猛な武士の心(容保)も、一つの根の相生の松のように共に栄えてほしいものだ」と解釈できる。
大名が天皇からご宸翰と御製を下賜されるのは異例の事であり、どちらにも忠誠の言葉が使われている。後に、松平容保に贈られた神号は、貫いた人生と同じ
「忠誠霊神」であった。

[人形師:中村信喬]

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