前回の取材から約2週間が過ぎた5月の後半、私たちは再び博多人形師、白水英章氏の工房を訪れました。
玄関に足を踏み入れると、目の前に飾り山用の館(やかた)が置いてあり、その他にも前回の取材時には無かった飾り製作用の素材やパーツが廊下のいたる所に置いてあります。
白水氏「これからもっと足の踏み場が無くなってくるよ。」
私たちを迎えてくれた白水氏はそう言って笑いました。
4月頃からスタートした山笠人形の制作は、現在個別に制作したパーツを組み合わせて人形の形にする「組み上げ」と呼ばれる作業に移っていました。
「組み上げ」とは、人形の体の骨組みを組み立て、出来上がった頭や腕を取り付けていく作業の事で、この工程で人形のポーズを確定させます。
作業部屋には、組み上げ途中の人形が所狭しと並べられていました。この人形は、天神一丁目の飾り山に飾られる予定のものです。
木を心棒にし、竹の代わりに紙で出来た丈夫なテープを立体的に組み合わせて、体の形を作っていきます。強度を増すために、紙テープが交差する所はビニールタイで固定します。 従来の人形の骨組みには竹を使うのが一般的なのですが、この人形の場合は紙テープを使用する点でちょっと違います。 白水氏が天神一丁目の人形の骨組みに紙テープを使うのには理由があります。
この人形が飾られる天神一丁目の飾り山は、山笠が終わった後、太宰府の九州国立博物館にて半年間展示される予定になっています。 竹の骨組みだと、その長い展示の間に虫が付いてしまうため、素材をいろいろと検討した結果、紙テープを使う事に辿り着いたとの事です。
この骨組み作業は、全て白水氏自身による手作業で行われます。 紙テープとはいえかなりの強度を持った固い素材です。人形1体を組み上げるのに約6時間もかかるため、組み上げるにはかなりの根気と体力が必要です。
白水氏「もう(手が)ヘロヘロ。この作業、手が痛いんだよね。」
こうして、日が経つごとに作業部屋は飾り山の人形達で埋め尽くされていくのです。
ふと部屋の片隅を見ると、比較的小振りな人形の頭と腕が置いてありました。
白水氏「これは、馬に跨(またが)らせる予定の人形なんだよ。」
馬に跨らせる人形を作る場合、まず馬のサイズを決定し、発泡スチロールを削りだして馬の形から製作していきます。馬の形がおよそ出来上がったら、次はその馬に合わせて人形の下半身を作り、そして人形の上半身を作るのです。
人形が小振りなのにもちゃんと理由があります。
白水氏「数年前、足利尊氏を普通の人形のサイズで作ってしまって、そのサイズに合せた馬を作ったら、すごい巨大な馬が出来上がってしまってね。」
笑いながらガレージの扉を開ける白水氏。
そこには巨大な黒馬の人形が鎮座していました。足利尊氏の有名な絵である「騎馬武者像」の絵をモデルにした見事な馬です。
しかし、確かに飾り山に飾るには大きすぎるように思えます。全体のバランスが重要な飾り山にあっては、持て余してしまいそうな大きさです。
白水氏「大きいでしょ? だから馬の大きさから人間のバランスを考えないとね。」
現在制作中の馬の人形と比べると、その大きさの違いははっきりと分かります。
白水氏「これをもうちょっと削って形を整えてから、人形の下半身を作ります。」
こうやって飾り山全体のバランスを考えて馬の人形を制作し、それに合わせて人形を制作するため、人形の大きさはあの大きさになるのです。
ちなみに、馬の人形の足元には競馬雑誌などの参考資料が。リアルを追求する白水氏の姿勢は、馬の人形であっても全く変わりません。
馬の制作過程でも紹介しましたが、一部の人形や飾りは、発泡スチロールで制作されています。
発泡スチロールといっても、人形製作で使用する発泡スチロールは緩衝材に利用される一般的なものではなく、発泡の度合いが低い特殊な物です。 この素材は緩衝用の物と比較して密度が高いので、切断・加工などがしやすく、細かな細工や成型をするのに適しています。
これがその発泡スチロールの塊。重さは10kgから20kgぐらいで、見かけよりかなり軽いものですが、それでも普通の発泡スチロールよりはかなり重いそうです。
この発泡スチロールは素材の密度が高いため、削ると細かい削りカスが大量に発生します。しかも、静電気で体や部屋中に付着してしまい、掃除機で吸わせないと除去できません。そのため、削り作業はもっぱらガレージで行っているそうです。
発泡スチロールは加工がしやすく、大きさの割に軽量と利点が多いのですが、その反面、色がなかなか乗らないという難点もあります。そのため、成形した発泡スチロールの表面に紙を貼り、その紙に着色する事が多いのですが、最近では塗料を弾かない物や、塗料を塗ると表面が硬くなる色乗りが良い物などが登場しており、このような問題は解消されつつあるそうです。
組み上げが終わった人形は、骨組みの表面に紙を貼り付けて肉付けを行っていきます。すでに塗装済みの頭や手をビニールで覆い、水に漬けて水分を吸わせた紙を、木工ボンドで一枚一枚貼り付けていくのです。
白水氏の場合、貼り付ける紙はセメント袋や米袋などを分解して利用しています。 セメント袋と米袋。どちらの袋の紙も一見同じような感じがするのですが、白水氏いわく、その紙質には微妙な違いがあるそうです。
白水氏「セメント袋の紙は少し水を吸いやすい感じがするんだよね。そのため乾くと綺麗に伸びる・・・ような気がする(笑)」
他にも「クラフト紙は強度は強いけど曲線が出ない」「和紙は細かい細工に向いている」など、素材には全て一長一短があるそうです。例えば頭(かしら)を作る場合、後頭部は米袋を使い、顔部分は細かく表情を出したいので和紙を使うというように、形状や今後の製作過程に合わせて、細かく素材を使い分けているそうです。
今回の飾り山の人形では、新たな試みとして紙を二重に貼って強度を上げる作りを行っていました。また、人形では表現が難しい片膝を付いたポーズにも挑戦しています。
白水氏「毎年、常に新しい製作方法や素材にチャレンジしていますよ。 常に新しいことにチャレンジしていかないと、ノウハウが蓄積していかないからね。毎年少しずつでも新しい事にチャレンジして、毎年もっとよい人形が出来るよう努力しているよ。」
そう言いながら白水氏が見せてくれたのは、今年の人形に使用した新しいドールアイ(人形用の眼)。光を当てると瞳が緑色に見える「ナチュラルヘーゼルカラー(茶〜緑のような色)」の珍しいドールアイが手に入ったので、早速今年の人形に使用しているそうです。
確かに、光が当たるとこれまでの山笠人形ではあまり見たことのない不思議な緑色の瞳に見えます。
白水氏「光に当てないとこの色は分からないかもしれないね。ましてや、実際に飾り付けたら(遠すぎて)分かってもらえないかも(笑)。
でも、それでも、新しい素材にチャレンジすることは大事だと思うよ。『誰も見ないから』『誰も分からないだろうから』と何もしなかったら、何も進歩しないからね。」
白水氏の作る人形の完成度の高さと華やかさは、こういった細かいこだわりとチャレンジ精神により生み出されているのだと実感できます。
白水氏「細部にこだわるのは当然なんです。」
山笠人形の制作には、それなりの制作費が必要になります。依頼者は高いお金を出して人形制作を依頼しするからには、当然、いい物を作って欲しいと望みます。
飾り山の飾り付けをする際、山小屋の前に作った人形をずらりと並べる機会があります。その場には依頼者も同席しており、依頼者はここで初めて完成した人形を間近に見ことになります。
白水氏「その時見てもらう人形が細かいところまでしっかり丁寧に作り込んでないと、実際に飾っても満足してもらえないじゃないですか。『上に飾ったら見えないですから』『下から見たら分かりませんから』という言い訳は通用しないんです。」
白水氏「しっかりと作り込んだ人形であれば、飾り山を見に来た人に『あの人形、ここ(下)から見たら分からないでしょうけど、実は目の色が緑で、鎧の様式は南北朝で・・・』なんて自慢したくなるでしょ?」
白水氏「山笠は一人ではできません。山に関わる人達それぞれが自分の持ち場で最大限の努力をするからこそ、山笠の『無事奉納』ができるんです。だから、私も細部にこだわって作るんです。」
白水氏の人形作りへのこだわりは、自身の技の追求、あくなき探求心、そしてなによりも”作ってもらってよかった!”と満足してもらえるような完成度を目指す姿勢から生まれているのです。
人形作りもいよいよ佳境へ。次回は華やかな衣装作りと衣装の取り付けを紹介します。
白水人形オフィシャルサイト:http://www.shirouzu-n.com