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山笠飾りができるまで ~白水英章の世界(1)~

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福岡市南区那珂川。
閑静な住宅街の一角に、『白水人形』と記した年季の入った看板を掲げるお宅があります。ここが博多人形師・白水英章(しろうずひであき)氏の工房です。

今回、白水氏のご厚意で山笠人形制作の現場を取材させていただく機会をいただき、人形制作にまつわる様々なお話を伺えることとなりましたので、そのレポートを数回に分けてお届けしていきます。

気鋭の博多人形師、白水英章氏

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私たちが工房の門をくぐって工房兼自宅の玄関に進むと、博多人形師、白水英章氏がにこやかな笑顔で出迎えてくれました。

白水氏は昭和38年福岡生まれ。昭和59年に博多人形師である父・正興氏に師事して技を磨き、その綿密な造形と豊かな表情が高い評価を受け、数多くの展示展覧会で賞を受賞歴を持つ気鋭の博多人形師です。

また、毎年博多祗園山笠 東流の舁山と天神一丁目の飾り山を手掛ける、山笠人形師でもあります。

実は全くの別物!? 博多人形と山笠人形の不思議な関係

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制作中の飾りが所狭しと置かれているリビングにお邪魔し、まずは山笠人形と博多人形師の関係、歴史などについてお話を伺います。

よく勘違いされるのですが、『博多人形』=『山笠人形』ではありません。博多人形は土で作られますが、山笠の飾りは紙と木で作られており、双方の人形は大きさも制作工程も大きく違います。
また、山笠人形の衣装に使われている生地も耐久性や価格、風合いなどの問題で博多織などは利用されておらず、もっぱら京都から仕入れているそうです。

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博多人形とはまったく違う山笠人形を、博多人形師が手掛けるようになった経緯については諸説ありますが、現在では「京都の山笠人形屋であった小堀家が博多に伝承し、関係の深い白水家がその技を引き継ぎ、そして博多人形師に広まっていった」という説が有力とされています。

この説に出てくる「白水家」とはほかならぬ白水英章氏の家系であり、英章氏はその8代目にあたります。白水氏と山笠人形には先祖代々の深い縁あったのです。
しかしながら、その縁を差し引いても博多人形と山笠人形の共通点は「人形であること」くらいしかないほど違っています。

白水氏「でも、作り方は違えども同じ人形だから作れてしまうんだよね(笑)」

現在、博多人形師の中で山笠人形制作の技能を持っているのはほんの一握りに過ぎません。
山笠の人形を作る匠たちは、「博多人形師」であると同時に「山笠人形師」でもあるのです。

博多人形師たちの『山笠』はすでに始まっていた

話を白水氏の工房に戻しましょう。氏の工房では山笠飾りの製作が始まっていました。

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庭先にはいくつもの人形の首が乾燥のために置かれており、ガレージを改造した作業場ではお弟子さん達が「館(やかた)」と呼ばれる御殿やそのほかの飾りの製作を忙しく行っています。これから約1ヶ月半で飾り山笠と舁山の人形と飾りを仕上げなければならず、工房は休む暇のないほどの忙しさとなります。


博多の町では6月以降に本格化する山笠シーズンですが、博多人形師にとっての山笠は、すでに始まっているのです。

全ては筆で描く『下絵』から始まる

白水氏が見せてくれたのは、人形飾りの『下絵』
山笠飾りの制作は、舁き山であれ飾り山であれ、まずは下絵を描く事から始まります。
この工程は通常5月の連休前までに終えるそうです。

下絵はすべて筆で手書きし、納得できるまで何枚も書き直していきます。まず簡単なスケッチで構成を決め、その構成をもとに細かい描写を加えたものを描いていきます。

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白水氏「この下絵が描けないと話にならないから、絵を描く練習はしたよ。人にイメージを伝えるためには絵が必要だしね。」

書き上げた下絵は同じ人形のものだけで数十枚にもわたり、それらは後学のためにお弟子さんに渡すそうです。

白水氏「この下絵はどのような意図で描かれたのか、という所まで伝わればいいけどね。」

山笠飾り作りの現場では、製作と同時に伝統や技術の継承、後継者の育成も行われているのです。

部屋の片隅には、山笠の関係者が『宝箱』と呼ぶ箱が置いてありました。
これは白水氏が今まで描いてきた下絵や原画の数々を収めた箱。

どれも実際に山笠人形の制作にあたって描かれた物で、下絵だけでも画集が出せるのではないかと思わせるほどの見事な絵ばかりです。山笠関係の人達が『宝箱』と呼ぶのも納得できます。

こうして何度も何度も納得いくまで下絵を描き直し、ようやく原画が完成させます。

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平面が立体になる。人形の命である『頭(かしら)』の製作

原画が完成したら、いよいよ人形の製作へと取りかかります。
製作は、まず頭部や手など、衣装の外に露出する部分からはじめるそうです。

白水氏の人形作りの場合、一番最初の作業は「人形の頭(かしら)の大きさ決め」です。

頭の大きさが決まると人形全身の大きさが決まり、身体の大きさが決まると装飾品や馬などその他の人形や飾りの大きさが決まります。個々の人形の大きさが決まると、飾り全体のバランスが決まります。

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最初に決めた人形の頭の大きさが山笠飾り全体のバランスに大きく関わってくるため、白水氏は顔の大きさを決めるのに多くの時間を費やします。細かくサイズを計算し、その数字に合わせてその他の人形や装飾品、付属品などの大きさを決定していくのです。

白水氏「この大きさの計算は本当に大切。馬など大きな人形を作る際に必要な材料の準備にも影響がでるし、大きすぎる人形を小さくするのは簡単だけど、小さい人形を大きくするのは大変だからね。」

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頭の大きさが決まったら、「素体」と呼ばれる顔のベースに粘土で肉付けを行い、顔の筋肉の流れやしわなど丁寧に表情を付けていきます。

白水氏は人形の目にマネキンや西洋人形などに使用する「ドールアイ」を使用します。このドールアイのリアリティさが人形の目に活き活きとした生命感を与えているのです。

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髪の毛に使用する素材は、じゅうたんの毛や麻の繊維をを染めた物を使用します。白水氏は主に麻を染めた物を使用し、染色も自ら手掛けています。

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白水氏が初めて山笠の人形を手掛けた当時はヘアーエクステンション用の人工毛髪を使ったそうですが、これには色々と問題があったようです。

白水氏「植毛に手間が掛かるし、コストもとても掛かって大変だったんですよ。とにかく、初めての経験だったから、素材がよく分からなかったんだよね(笑)」

リアリティにこだわり抜く

白水氏が人形作りにおいて最も重視するのが「リアリティの追求」です。それは人形の緻密な造形だけに留まりません。

例えば人形のポーズ。「人形のポーズは人間の身体で実現可能なものが基本」という考えから、白水氏は人体の関節の可動域など細かく研究し、人体の構造に矛盾のないポーズを人形にも反映するように心がけています。

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それから徹底した時代考証。これは、白水氏が制作する武者人形の鎧(よろい)にも見て取れます。
たとえば、「おどし(縅)」。おどしとは、鎧のパーツを革や糸などの緒で上下に結び合わせる製造様式で、複雑な紐の組み方は高い技術と鎧の知識が必要になります。

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この「おどし」も時代によってその様式が変化していきますが、白水氏の手がける武者人形ではその人物の時代に合わせてちゃんと「おどし」の様式も作り分けているそうです。


工房には、実際に江戸時代に使われていた鎧兜の実物や歴史書、写真集など様々な参考資料が所狭しと置かれており、細かな時代考証を行っていることが伺えます。


誰も知らないような、誰も気づかないような鎧の細かい部分でも妥協しない。このようなところにも白水氏のリアリティ追求の精神は反映されているのです。

伝統の中にしっかりと個性を吹き込む

このようにして完成した白水氏の山笠人形は、その綿密さで毎年人々を驚かせています。


しかしながら白水氏の作る山笠人形の魅力の本質は、単に歴史上の人物を忠実に「再現」することではありません。

リアリティを追求しながらも常に独自のアレンジを加えることを忘れず、伝統的な山笠人形の世界にあって常に新しい作品を生み出していく創造力。そしてそれを見事に具現化した山笠人形。これこそが「白水英章の人形」の本当の魅力なのです。

 

次回からは、実際の制作現場の様子をもう少し詳しくご紹介していきます。