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2015年 西流

標題

趙雲子龍心如雪

(ちょううんしりゅうこころはゆきのごとし)

中国後漢の末期(西暦200年前後)、所謂魏蜀呉三国時代を迎えようとする頃、後に蜀の国を建国する劉備玄徳には、「桃園の契り」で義兄弟となった武将関羽や張飛、また「水魚の交わり」で有名な軍師諸葛亮孔明等の英雄がきら星の如く付き従っていた。
その中に、劉備玄徳をして「彼の志操は清きこと雪の如く、その血は鉄血のような武人」言わしめた真定常山の趙雲、字は子龍がいた。
時に中国北方を平定した魏の曹操は、南方への野望を抱き、先ずは南方で勢力を伸ばし、民衆の信望もあつい劉備を討伐しようと十万の軍を新野に発します。劉備の軍は数千でしたが、孔明の知謀と部下の武勇で当初は難を逃れますが、遂には曹操自身が百万の軍勢を率いて出陣をします。薄氷の運命の中、劉備は彼を慕う数万の百姓を連れ荊州、襄陽、江陵と退却をしますが、劉備の子(後の蜀の後主阿斗)を始め劉備の眷属がはぐれてしまいます。その庇護の任を負っていた趙雲は数十騎の兵と共に敢然と曹操軍が待ち受ける戦陣へと駒を返します。途中、曹操の寵臣夏侯恩と巡りあい、得意の槍で仆し名剣「青釭の剣」を得ます。その後幾多の敵と切り結び、遂に幼主阿斗を探し当て、胸当ての下に庇い、背には青釭の剣を帯び、手には槍を持ち、再び敵陣を突破しようとしまうが、二つの鉄球のついた武器を操る張郃と出会い得意の槍を取られ、絶体絶命の危機に瀕します。ところが天佑か、背に帯びる青釭の剣を抜くや、張郃は馬もろとも切り仆され、ようやく張飛が待つ長坂橋に辿り着くのでした。
標題は「三國志」で有名な「長坂坡」の戦いにおける趙雲子龍の勇姿で、程なく歴史に残る「赤壁の戦い」へと続く場面です。

[人形師:今井洋之]

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