1966年の町界町名整理により旧東町流を中心に、呉服町流や櫛田流の一部などを加えて新たに発足した比較的新しい流です。
水法被は背中に「東」一文字が入ったものに統一され、所属する町名は肩章に書かれています。また、長法被も縦しま模様の統一のものを着用します。
参加はほとんど旧町名単位で、他の流のように「当番町」を作らず流全体で費用を負担する「流当番制」を採用しています。
昭和57年から飾り山笠も復活し、呉服町交差点の南東角に山小屋が建設されていました。
2019年、自然災害に対する安全面を考慮し、飾り山笠は呉服町ビジネスセンタービルのロビーに移動。舁き山笠は、飾り山笠のあった呉服町交差点の南東角に山小屋を建てるようになりました。
三国志で有名な関羽を題材にしました。劉備、関羽、張飛の三人は桃園で「我ら、同年同月同日に生まれずとも、同年同月同日に死なん」と固く誓いました。曹操と主君・劉備が戦いをした時に、曹操は関羽を罠にはめて生け捕りにしましたが、関羽は「私の主君は兄者だけです。兄者の消息が知れたらすぐに駆けつけます。」と堂々と宣言し、義兄弟のもとへ風のように去っていったそうです。関羽は別名、「美髭公」といい、とにかく髭が長く、朱面で常に顔が真っ赤で、目が鳳凰のようだったそうです。
[人形師:白水英章]
福岡市営地下鉄「呉服町」より徒歩1分、「櫛田神社前」より徒歩14分
西鉄バス停「呉服町」より徒歩1分
「忠臣蔵」が題材です。忠臣蔵というと、仇討ちを思い浮かべると思いますが、今回「赤穂義士」に思いを馳せました。
「忠義」とは何なのでしょうか。仕えてきたお家を守りたい、お役に立ちたい、恩返しがしたい、そんな気持ちが土台だったのでしょう。「仕えてきた家」が、「博多の町」であり、「流」であり、「町内」ではないかと思います。これからも、「博多の町」・「流」で正しいと信じることに尽力して行きたいと思いますし、後身の山笠に携わる人たちが、「忠義」とは?と問いかけながら何が正しいのかを常に判断し、決断し続けてもらいたいたいと思います。
[人形師:白水英章]
[人形師:白水英章]
福岡市営地下鉄「呉服町」より徒歩1分
西鉄バス停「呉服町」より徒歩1分
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長法被
水法被