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山笠飾りができるまで ~白水英章の世界(3)~

人形組み上げの取材から約2週間たった6月上旬、博多人形師・白水英章氏から「製作が次のステップに移ります」という連絡を頂いたので、急いで福岡市南区の白水人形を訪れました。今回で取材3回目の訪問となります。

5月から始まった山笠の人形作りは佳境に入っていました。今回は人形の「着せ付け」作業を中心に人形作りのレポートをいたします。

山笠飾りは人形だけじゃない!~小道具、衣装、その他の飾りの準備も進む

白水氏「山の飾りや衣装の小道具も準備を始めてるんだよ。」

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作業場の前に応接間に通されると、そこには様々な小道具や、山の飾りに欠かせない「岩こぶ」や「波」が所狭しと置かれていました。

白水氏「ここにある物は今までに作った物で、今回はこれらを使います。足らない分は新たに作ります。」

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そう話すと、鎧に使うパーツを一つ一つ並べて頂きました。胸板、袖、袴(はかま)、脛当(すねあて)、草鞋まであります。これに兜や大太刀、小太刀、矢柄など、様々な道具が加わる事で、立派な武者人形が出来上がります。

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「岩こぶ」「波」は山笠の飾りには欠かせない飾りです。

白水氏「この岩こぶや波の組み合わせで見え方が変わるんですよ。例えば、波の重ね方、並び方を変えるだけで、波が激しく見えたり、おとなしく見えたりするんです。」

白水氏は『飾り山を立派にしたい』という気持ちから、たくさんの人形や館飾りを入れる事が多く、そのため岩こぶや波が入るスペースが少なくなってしまうそうです。そのため、少ないスペースにもたくさん入るようにと、一回り小さい岩こぶや波を使用しているそうです。

「岩こぶ」「波」は人形と違い何度も利用する飾りですが、古くなったり破損したら新たに作って補充していきます。一基の飾り山に使用する岩こぶと波の数は、標題の下絵が出来た時点で経験上から「およそ分かる」というのは驚きです。

白水氏「これが衣装に使う金襴(きんらん)です。衣装を作るため、すでに裁断した後の物ですが。」

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次に広げて頂いたのは、衣装に使用する金襴の反物です。金襴とは金糸を絵緯(えぬき)として文様を織り出した織物で、綺麗な布地と金色の刺繍で縫い込まれた豪華な紋は、山笠人形の絢爛豪華なイメージを作りあげます。

これらの金襴は、京都西陣の化繊を使用しており、お寺の仏具によく使われる柄の金襴を使用しています。この反物の柄は「カマ」と呼ばれており、このカマが大きいと布地の価格が高価になる傾向があるとの事です。

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白水氏は人形の体が出来上がった時点で採寸し、まとめて金襴屋に買い出しに行きます。

白水氏「飾り山はこの1回の買い出しで終わるんですが、舁き山は製作途中でもう一回買い出しに行くんですよ。イメージの違いや不足分などが、どうしても起きちゃうので。」

衣装の製作を担当するのは白水氏のお母さん。白水氏は金襴と原画を渡して、衣装の製作をお願いします。白水氏は原画に色を付けないので、イメージだけ伝えて後は任せているそうで、長年人形作りで培ってきた信頼関係を感じさせます。

「人形作りでとても重要な役割なんです」~人形の形を整える『パンヤ』の存在

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作業場に通されると、前回の取材では組み上げたばかりだった人形達の体が出来上がっていました。二重張りされた紙の体の上に、体中に白い袋がたくさん貼り付けられています。

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この袋は「パンヤ」と言い、紙を貼った人形の体に肉付けする素材です。この紙袋の中には、贈り物の緩衝材などでよく見かける木綿(もくふ・きわた)が入っています。 木綿の間に空気を入れてふっくらさせたり、空気を抜いて潰したりする事で、肉付けの厚みを変える事が出来るので、白水氏は飾り山の人形にはこのパンヤを使用しています。

白水氏「このパンヤの役割はとても重要なんです。」

そのように語る白水氏。白水氏は衣装が当たる所にこのパンヤを貼っていくのですが、単に肉付けするためだけに貼っているのではありません。

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山笠の人形は、竹や紙テープを輪っかにした骨組みであるため、紙を貼っても人形の体には凸凹の形状が浮き出てしまいます。そのまま衣装を着せると、そのデコボコ感が着物の形に現れてしまうそうです。

きれいな人形を作る事にこだわる白水氏は、着物が掛かる部分にパンヤを丁寧に貼り付けていきます。このパンヤを貼ることで骨組みの凸凹を消すことができ、着物の形がきれいに見えるようになるのです。

白水氏「甲冑を着る人形の場合、甲冑が体を大きく隠すからパンヤを入れなくてもいいんだけど、やっぱりパンヤを入れると全然違うんだよね。」

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白水氏は、鎧の下だけでなく人の目に触れないであろうふくらはぎなどにもこのパンヤ貼りを行います。見えない所にもこだわる、という辺りに、白水氏の人形作りに対するプライドが感じ取れます。

ふと「恰幅のいい大きな人形を作る場合はパンヤの数はどれぐらい必要になるんだろう」と、気になって質問してみました。

白水氏「その時は、骨組みの段階から体格のよい人形を作りますよ(笑)」

人形が絢爛豪華になる瞬間~「着せ付け」作業が始まる

いよいよ人形に衣装を合わせる「着せ付け」の作業に入ります。
この着せ付け作業はパンヤを入れた状態で採寸しないと衣装のサイズが合わなくなるため、パンヤ付け作業の後に行われます。

今回は、仮縫い状態の衣装を人形に着せて最終採寸チェックを行う作業を見せて頂きました。

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まず、白水氏はパンヤを付けた人形を部屋の中央に据え付けます。

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据え付けた人形の首筋の中心に衣装を合わせ、二人がかりで着せ付けていきます。 手元を絞ったり、折り目のチェックを行ったり、襟を合わせたりと細かく衣装のサイズをチェックします。

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衣装の採寸で難しいのは、馬に乗る人形の袴。大きく足を開いて馬に跨るため、お尻の部分の伸びや裾の採寸が難しく、股下はゆるく作られます。 長年山笠の人形を手掛けても衣装の微調整は毎回起きるそうで、最終チェックでは細かい協議を行います。

テストで着せ付けた衣装は、サイズ的に問題はなかったようです。問題がなければ、衣装は本縫いのステップに移ります。

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完成した衣装を拝見させて頂くと、裏地に薄いウレタンマットが縫い付けてありました。これは生地を伸ばしてきれいに見せるための白水氏のテクニックで、仮縫いチェックが終わった後に縫い付けられます。

本縫いが終われば、本番の「着せ付け」が行われます。その際、衣装がずれないようにするため、肩口など衣装が当たる要所要所に両面テープを貼って着物を固定させます。鎧は紐で縛って固定するため、両面テープは使用しません。

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この人形には、すでに袴(はかま)が着せ付けられていました。 袴は通常、折り目部分を縫い上げて真っ直ぐに折り目を見せる事が多いのですが、この人形は鎧を着せ付けるのでゆるやかに縫い付けているそうです。

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白水氏「やはり折り目がピシッと付いてる方がきれいに見えますからね。着物を着る人形は全部折り目を縫って作っています。」

その他にも、人形がかぶる烏帽子(えぼし)は、スポンジを一緒に縫いこんで強度と形を整えて作るそうです。白水氏は、人形だけでなく衣装全てにも「形の美しさ」を求めている事に驚かされます。

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外ではお弟子さんがおどしの製作を行っていました。

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おどしを作る作業は、プラスチックの板に一つ一つ穴を空け、紐を通していきます。穴は使用する紐の幅に合わせて穴の大きさを変えているそうです。

お弟子さん「紐にあった穴にしないと、紐がよれてきれいに見えないんです。」

話によると、時代によって戦の戦法スタイルが違うため鎧の作りも異なるそうで、同じ時代でも軽装歩兵や騎馬武者など部隊の役割でも鎧の作りも変わっているそうです。

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おどし1セット作るのに約30分かかるそうです。白水氏の武者人形に欠かせないおどしは、地道に丁寧に手作業で作られているこだわりの鎧部品なのです。

※この撮影一週間後に着せ付けが終わった人形達はこちら

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舁き山の人形作り~飯塚祇園山笠の子供山笠から構造を見る

白水氏「せっかくなのでガレージも見ていきませんか?」

前回の取材でも見せて頂いたガレージに案内されると、そこには馬の人形と、一体の小振りな人形が置いてありました。

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白水氏「これは飯塚山笠の子供山の人形です。」

今年白水氏は、飯塚祇園山笠より初めて依頼を受けて人形を製作しています。 初めての飯塚の山笠、しかも初めての子供山笠なので、まずは飯塚祇園山笠の子供山のノウハウを得るために、今回は博多祇園山笠の舁き山を小さくするイメージでこの人形を製作しているそうです。

白水氏「だからこの人形は、博多の舁き山のノウハウを全て活用しているんですよ。ぜひ見て下さい。」

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人形の左腰からは針金が飛び出ています。これは刀飾りを取り付けるための物。 刀は腰に巻き付けて固定しているのではなく、心棒に取り付けられた針金にくくり付けられるようにしています。

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そして人形の右腰からは、横の心棒が少し飛び出していました。これは後で何かに使うことがあるかもしれないという、いわば「予備」の部分です。山へ据え付ける際、予想外の事が起きて慌てて人形の腰回りを切り開く改修が起こらないよう、この横の心棒を出しているそうです。

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体はプチプチシートで肉付けし、その上にビニールを掛けられています。これは水対策を兼ねた「パンヤ」で、骨組みのデコボコをきれいに見えるようにしています。この日取材したパンヤの重要性が、ここにも活用されていました。プチプチシートの粒の大きさも体の形状に応じて変更しており、こういった使用方法に白水氏のこだわりを垣間見ることが出来ます。

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博多祇園山笠の場合は、耐久性のため足に木(もく)を通す事が多いそうですが、今回は子供が舁くからという事で、足はそのままとなっていました。

この小振りな人形作りの中に組み込まれた数多くの人形作りの知恵とテクニックは、人形の大きさにかかわらず山笠人形への白水氏の思いがいろいろ込められていました。

「山笠は計算なんですよ」~まるで”パズル”のような木(もく)を入れる作業

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ガレージの中央では、前回拝見した馬の製作が佳境を迎えていました。 前回は簡単な削り出しが終わった所でしたが、今回は細かい削りが行われており馬の全身が見えてきていました。

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お弟子さんは、粘土を使って細かい修正を行っています。これは熱線カッターを使って切り出した際に、切り出した断面部分がデコボコになってしまうため、その断面部分を滑らかにするため粘土を伏せてきれいに直しているのです。

白水氏「じゃあ、そろそろ足付けようか。」

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白水氏の指示で、お弟子さんが馬の足を持ってきました。持ってこられた足のパーツは、本物の馬の足ようなリアリティのある馬の人形の足です。

白水氏「サラブレッドと比べるとちょっとまだ太いんだよね。もう少し削れるかもなあ・・・でも耐久度が下がるんだよね(笑)」

馬の足を持ちながら白水氏は笑いました。

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この足をよく見ると、発泡スチロールから木(もく)が出ています。馬の足のパーツは細いため、発泡スチロールだけではすぐに折れてしまいます。木は壊れないよう強度を上げるために白水氏が入れた物なのですが、一見するとどのように木を入れたのか全く分かりません。

白水氏「すごいでしょ。これどうやって作ったか分からないでしょ?」

そういって白水氏が笑いながら作り方を説明してくれました。

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まず足のポーズに合わせた心棒を木で作り、その形状や大きさに合わせて、発泡スチロールで太もも、膝、スネ、ひづめなどパーツ毎に切り出します。 次にそれぞれのパーツの裏側に、木が入る細い溝を削り出し、木をはめます。 最後に、発泡スチロールで木が入った溝を埋めてペーパーをかけ、表面を滑らかにしているのです。

白水氏「馬の人形は木の入れ方が本当に難しい。足4本も作らないといけないし(笑)」

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白水氏はそういいながら、馬の人形の胴体の裏を見せてくれました。
馬の胴体の裏側には大きな穴が開けられており、木が発泡スチロールの中にはめ込まれていました。
縦の2本の木は、飾り山に取り付ける際に人形と飾りをつなぐ跳木(はねぎ)を留めるための木です。 このこの木を入れる作業も、足と同様に、複雑なテクニックを使用しているのがよく分かります。

白水氏「複雑に木を入れるのは、人形の耐久性を考えてです。何しろスチロールはちょっと力を加えると壊れてしまいますし。スチロールが落ちて壊れない事が一番大事と考えています。これが大きい人形だともっと大変なんですよ。」

白水氏はそう言って、今度はガレージのシャッターを開け、前回見せて頂いたあの巨大な黒馬の裏側を見せてくれました。

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黒馬には、先ほどの馬よりもはるかに複雑な木の入れ方が行われていました。複雑すぎて、言葉では書き表すことが出来ないぐらい複雑です。しかも、この馬は白水氏が一人で作られたという事に驚きを隠せませんが、裏側を見るとその驚きはさらに増します。

白水氏「ここまでくると本当にパズルだよね(笑)」

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跳木を取り付ける縦の木以外にも、山大工が飾り山の上に持ち上げる時に掴むための取っ手の木も取り付けられていました。

白水氏「人形に込められているのは、見る人や依頼してくれた人への想いの他に、『山に取り付けてくれる人への気遣い』や『人形が壊れた時、自分はどう思うかという気持ち』も込めらているんですよ。」

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足の裏には蹄鉄(ていてつ)がちゃんと付いています。馬のリアリティも増す部品ですが、この蹄鉄を付けることで足の形を同じ形に作る事ができ、足の木を隠すための役目もあるそうです。

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いよいよ馬の体に用意した足などのパーツを取り付けていく作業に入ります。足の木に発泡スチロール用ボンドを付けながら、穴に差し込んで取り付けます。

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取り付けた足と胴には隙間がありますので、小さく削りだした発泡スチロールを差し込んで隙間を伏せ、紙ヤスリをかけて表面を滑らかにしていきます。

足を取り付けた後に馬の体を立ち上げます。立ち上げた後は、馬の首を取り付け、馬の全身がついに出来上がります。ボンドの完全乾燥には2日間掛かるため、馬は明日までこの状態で安置する事になります。

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しかし、馬が完成したことで全てが終わったわけではありません。 前回の取材でもご紹介したように、馬が出来上がった時点で、今度ははこの馬に乗る人形の下半身の製作に入ります。白水氏の飾り山人形作りは、まだまだ続くのです。

白水氏「山は『計算』が大事なんですよ。人形の大きさの計算、木白水氏はを入れる計算。あとは・・・製作日数が残り何日あるか、スケジュールを管理する計算(笑)」

飾り山の飾り付けまであと約の3週間。白水氏は残り日数を指を折りながら計算して、笑いました。

※撮影一週間後、出来上がった馬の人形はこちら

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いよいよ飾り山の人形や飾りが完成し、飾り付けを待つばかりとなります。次回は、搬入前日から飾り付け、そして一般公開までの模様をレポートいたします。

白水人形オフィシャルサイト:http://www.shirouzu-n.com